2020年4月16日木曜日

国際経営は、なにをどんな順番で学べばいいか?

これは、国際経営の教科書の目次はどうなっているか、という質問でもある。その答えは、日本とアメリカを中心とした海外で、かなり違う。

日本で出版された国際経営の教科書の中身は多様だ。著者によって、構成がかなり異なる。海外の主要な理論の紹介を中心としたものもあれば、国際戦略やマーケティング、海外生産と技術移転、組織のデザインや人事マネジメントなど、国際経営の実践的なトピックを中心にまとめられているものもある。

それに対してアメリカの国際経営の教科書は、どれも似た「定番」の構成を持っている。大きく前半で、経営環境が自国と海外とでどう違うかについて焦点をあてる。そして後半で、実践的な経営上の課題にフォーカスする。国の違いについて体系的に理解したうえで、それが企業の経営にどう影響するか、そのような影響に対してどう対処すべきか、を考えさせようとしているのだろう。

それもあって、日本の教科書に比べて、いずれも分厚い。前半は通常の経営学の専門分野とは大きく異なる、政治学や経済学、社会学や文化人類学などの分野にまたがり、それらの知識を踏まえて、企業にとっての国の違いの意味を考察することになる。

とはいえ、前半と後半がうまくつながった教科書は、まだ見たことがない気がする。前半で示された、企業にとっての国の違いが、後半で展開される実践的な企業経営の困難にどのように結びついているのか、という繋がりの部分を総合的に把握し、全体像を明確に示した教科書は、まだないのでなないか。

世界で最も売れているとされるCharles Hillの教科書は、そこのところをリカードの貿易論とダニングのOLIモデルでさらっと触れているだけだし、最近注目されているMike Pengの教科書は、彼自身が提唱する三脚(Tripod)モデルに偏りすぎているように思われる。逆に言えば、国の違いが企業経営にどのように結びつくか、というところが、国際経営の最も重要な、かつ、最も難しい、現在も明確な答えを求めて研究が進行中のテーマなのだ。

国際経営の前提はなにか?

分析の対象となる企業は、通常は、自国で持続的に事業を行っている企業である。生まれつきグローバル企業(Born Global Firms)のような企業については、今のところ例外的なケースとして分けて考察している。したがって、自国で経営をまともに行い、利益を出し続けることのできている企業が、海外でも持続的に事業を行うことができるか、できているか、について考察することになる。

国際経営を学ぶ側も、企業が自国で持続的に事業を行うことができる理由を理解できている必要がある。つまり、経営学一般への理解である。その中でもとくに重要なのが、競争戦略論だ。国内でライバルとの競争に勝てていない企業が、海外に進出して急に成功できるという例は全くないわけではないが、少ない。そもそも、そのような企業は、海外進出に必要な資金も人材もノウハウも、なかなか揃わない。


国際経営とはなにか

国際経営とは、企業が複数の国で経営を行うことを指す。自分の国で商品を作り、自分の国でそれを売っていた企業が、ある時から海外でも販売するようなケースを思い浮かべるかもしれない。トヨタやソニーを始め、日本の製造業の多くの国際経営がここから始まった。販売の国際化である。

それ以外の国際経営もある。自分の国で原材料を調達し、それを使って商品を作り、自分の国でそれを売っていた企業が、原材料を海外から調達し始めるのも、国際経営である。海外に工場を建てて現地で製造したり、海外の別の企業に製造を委託したたりして、引き続き自国で販売するケースも、国際経営である。調達や製造の国際化だ。いまのようにグローバル企業になる前のユニクロが、その代表例だろう。中国の協力会社に製造委託し、価格を抑えた商品を日本に輸入して国内で販売していた。

もちろん、製造拠点を内外に持ち、販売も世界中で行うという、調達・製造も販売も国際化した本格的な多国籍企業もある。現在のトヨタやソニーを始め、日本を代表するグローバルな大企業の多くがそれにあたる。

変わり種の国際経営は、本社だけが自国にあって、それ以外は世界中で活動している企業、あるいは便宜的に本社がある国に存在しているだけで、企業の活動は初めからグローバルという企業もある。「生まれつきグローバル」企業(Born Global Firms)である。パソコンのマウスやキーボードなどの周辺機器メーカーとして世界的なロジテック(Logitech)という会社は、その代表例だろう。今から40年も前に、アメリカ人エンジニアがスイスに本社を設立し、アメリカに研究開発拠点を、アイルランドや台湾に工場を建てて、最初からグローバルに活動していた。

なぜ学ぶのか?

その最も大きな理由は、国際経営は簡単ではないからである。ハーバード大学ビジネススクールは、企業のケース・スタディで知られ、数多くのケースを出版している。その中でも有名なのが、ウォルトディズニー社の国際経営である。

同社は、かつてアメリカだけにテーマパーク事業を展開していたが、1983年に初めてアメリカ以外の国でテーマパーク事業を始めた。東京ディズニーランドである。その後、パリ(1992)、香港(2005)、上海(2016)でもディズニーランドを開設した。現在、米国内2か所と海外4か所で、事業を展開している。いずれも、基本的には映画やゲーム、キャラクタービジネスとシンクロするという、まったく同じビジネスモデルの上に、ほぼ同じ内容のパークを世界各地に作り、運営している。

(ディズニー氏によるディズニーランドのオープニング、1955年
出典:https://en.wikipedia.org/wiki/File:Waltopening.jpg)

東京ディズニーランドの大成功を知っている日本人であれば、同社のテーマパーク事業はどこでやっても成功間違いなしの、「鉄板」ビジネスと考えるのではないだろうか。しかし東京の大成功ののち、満を持して開設されたパリのユーロディズニーランドはオープン当初から苦戦する。ハーバードのケースになるほどの困難な事例だったのだ。ディズニー社のテーマパーク事業のような、外から見ると成功の約束されているようなビジネスでも、そうは問屋がおろさない。国際経営は難しいのである。

どこらへんが難しいのか。なぜ難しいのか。どのようにすれば、そのような困難を克服し、海外で事業を成功させられるのか。そして、これらの問題は、どういう理論を使って考えればいいのか。これが国際経営で学ぶ中心的な内容である。