2019年2月27日水曜日

コペンハーゲンのパンダ

2019年4月、コペンハーゲン動物園にパンダが来る。


あと1か月少しのことだ。現在、建設中の動物園のパンダ舎は、CBSの当方の研究室から、直線距離で5~600メートルで、目と鼻の先である。

ちなみにこの動物園は、2014年にキリンを殺処分し解体し、子供たちにも公開した。同じ園内のライオンの餌にしたことで、世界的な物議をかもした。ググるといろんな意見がでてくるようだが、デンマークの誇る「森の幼稚園」の延長のような話だったのかもしれない。

(出典:Designboom,  3 March 2017)

そのような、ある種のデンマークらしい合理的な考えの動物園に、パンダがやってくる。中国を専門とするCBSの研究者が、当地のテレビや新聞の取材を受けるということで、当方も余計なお世話で、日本のパンダの状況について調べ、参考資料作りを手伝った。これまで見に行ったこともなかったのだが、日本には、1972年からパンダがいる。現在、全国3つの動物園で、あわせて10頭(上野に3頭神戸に1頭和歌山に6頭)にのぼるパンダが飼育されている。中国以外では、もっとも多くのパンダのいる国のようである。

ヨーロッパで最初のパンダはベルリン動物園(ドイツ:1980)だったそうである。しばらくの間はヨーロッパで唯一、パンダの見られる動物園だったようだが、21世紀に入り、ウイーン(オーストリア:2003)、マドリッド(スペイン:2007)、エジンバラ(イギリス:2011)、サンテニャン・シュルシェール(フランス:2012)、ブリュージュレット(ベルギー:2014)、レーネン(オランダ:2015)、ェアフタェリ(フィンランド:2018)と続く。そして今年、コペンハーゲン(デンマーク:2019)である。

ヨーロッパでは、21世紀に入るまで、ベルリン以外ではパンダがみられなかったというのには、少し驚いた。欧州最初の国がドイツというのは、なんとなくそうだろうなという感もある。しかし次が20年以上たってオーストリアというのも、オーストリアの次がスペインというのも、やや不思議な気がする。最初の3か国は、首都の動物園にパンダが迎えられたが、その次の4か国はそうではなく、やっと今回、首都の動物園がホストとなるのも、不思議といえば不思議である。

パンダ外交


知らなかったといえば、世界中でパンダの所有権は中国にあり、各国は利用料を払って貸与されているそうだ。海外に貸し出されたパンダが生んだ子供についても、所有権は中国に残り、中国の求めに応じて返還しなくてはならないという。こういうところで、所有権の管理がしっかりしているのは興味深い。「パンダ外交」という言葉があるように、いつ、どこの国に、パンダが貸し出されるかは、極めて高度な政治的判断なのだ。

このたび、デンマークがEUで8番目のパンダのホストとなって、めでたいではないかと尋ねてみると、デンマーク内の反応はすこし複雑だと話してくれた。中国がデンマークをEUのなかで重要な国として認めていると手放しで喜んでいるデンマーク人はあまりおらず、そもそも、そのように評価されていること自体がいいことなのかどうかわからない、という意見があるという。パンダのデンマーク到来が最初に報道されたとき(2017)も、デンマーク防衛大学のカミラ・ソレンセン氏は(デンマークはノルウエーなどと異なり)「人権問題などで、あまり中国に対して厳しいことを言わなかったことが評価されたのだろう」という、かなり皮肉なコメントを寄せていた。

いまでも、中国に恭順の意を表し続けないと、パンダを返せと言われるかもしれない、これまでのように、中国に対して是々非々の発言はできなくなるかもしれない、といった意見も、以外とよくでてくるそうだ。超豪華なパンダ舎が、象舎をとり壊して作られること、予算の限られているコペンハーゲン動物園に代わって、Danfoss, Lundbeck, Vestas, VELUXなどの中国との取り引きの深いデンマークの民間企業がパンダ舎の建設費用を肩代わりしたこと、しかし動物園もスポンサー各社も、金額を含めた詳細を大きく公表していないこと、などについても、賛否両論なのだという。

(パンダ舎建設で取り壊された象舎

日経ニューステレコンなどで新聞報道を調べた範囲では、日本ではそのような「負のパンダ外交」の話は聞いたことがない、と返事をした。パンダが上野に来て半世紀近くたつが、その間、日中関係はアップダウンしていた。しかしそのたびに日本にいるパンダが外交問題とリンクすることはなかったと思う、まして2010年代前半、尖閣問題で日中関係が特に悪化した際ですら、日本の動物園のパンダの返還が可能性として話題に上がったことはなかったようだ、と伝えた。

デンマーク人て、意外と素直じゃない一面も持っている、という話なのだろうか。それとも、トランプ政権の中国バッシングのとばっちりだろうか。そうはいっても、コペンハーゲン動物園のパンダをいちばん喜ぶのはデンマークの子供たちのはずで、「パンダ外交の負の影響」などという大人の話は関係ないのだろう。その点で、中国のパンダ外交は、次の世代への影響を考えた、息の長い話なのかもしれない。

2019年2月23日土曜日

エアバス

ハンブルグのエアバス社を訪問してきた。

エルベ川を埋め立てて造った巨大な工場で、ツールーズの本社に次ぐ拠点だそうだ。1週間少し前に、A380の製造を中止することが発表されたばかりのタイミングだった。忘れないうちに、ノートを書きおこしておくことにします。

エアバスは、ボーイングと世界市場を二分する巨大な航空機メーカーである。ANAやLCC各社がA320という双発機を飛ばしているので、日本人にもなじみが深い。海外旅行をするとエアバス製の大型機だったりする。世界最大の旅客機は、かつてはアメリカ・ボーイング社の「ジャンボ」だったが、現在はエアバス製のA380だ。売り上げは約8.2兆円で、7割が民間機、2割が軍需・宇宙、1割がヘリコプターだそうだ。ヘリコプター事業では、世界最大のメーカーだという。

1.もともとエアバスは、会社ではなかった


エアバスは、1960年代にアメリカでダグラス社がDC10、ロッキード社がL1011トライスターという大型旅客機を相次いで開発した時期に生まれた「プロジェクト」である。イギリス、フランス、ドイツの航空機メーカーが、それまでのように、各社個別にダグラスやロッキードに対抗した飛行機を作っても、競争に勝てなさそうだということで、EEC(EUの前身)からの産業政策の支援を受け、補助金をもらい、共同で「バスのように手軽に乗れる300人乗りの飛行機」(だからエアバスで、A300という名前になったと聞いて絶句した)を作るプロジェクトを立ち上げたことにルーツを持つ。

つまりボーイングやトヨタのような1つのメーカーが開発設計と組み立てに責任を持ち、そのもとで部品やパーツを各社に発注する、という通常の企業のモノづくりではない。3社が共同で開発設計を行った後、機体を3つの部分に分割し、それぞれを各社が分担し、最後はフランスとドイツで組み立てていた。

その後も2000年までは、エアバスは法人組織ですらなく、イギリスが抜けた後、フランスのアエロスパシアルと、ドイツのダイムラー、スペインのCASAという、3国の独立した企業の共同事業の呼び名であり、商品名だった。2000年になって3社を1つの企業に統合し、オランダで登記し、フランスとドイツで上場する民間企業となった。今でもフランスとドイツの政府がそれぞれ11%、スペイン政府が4%、株式を保有している。

やはり航空機産業というのは、普通の民間企業ではありえないのかと思う。わが三菱重工のことを、ちらっと思い出したりもする。そのうえで、複雑な政策介入やガバナンスの問題を横に置いても、製造業のマネジメントという観点で、なお複雑な組織で、よくまわっていると驚嘆してしまう。

2.技術集約的で資産特殊な製造業でも、摺り合わせは必須ではないかもしれない


航空機の製造は、究極の摺り合わせが必要なのではないか?それを、全体を采配する支配的な企業が存在せず、各国にまたがる複数の企業が、対等に協力して行えるのか?

これは製品アーキテクチャと生産管理の問題であり、調達とバリューチェーンのマネジメントの問題でもあり、企業と市場の境界と、アライアンスやジョイントベンチャーの問題でもある。A380の部品点数は4百万点、内製率は教えてくれなかったが、30か国以上の1,500社から調達しているという。日本の製造業を代表するトヨタの自動車の部品点数が3万点、内製率が4割を切っていて、ティア2(2次下請け)までの調達先が約340社(協豊会と栄豊回の会員総数)と比べても、いかに巨大で複雑な、資産特殊性の極みのプロジェクトかがわかる。

かつて三菱重工のMRJプロジェクトを調べたとき、経済産業省からも三菱重工からも、航空機産業は自動車産業以上にすり合わせが必要なので、我々は競争優位をもてるはずだという自信が漂っていたように覚えている。しかしそれより30数年以上も前に、エアバスは、英独仏で、かなりモジュラー化された共同プロジェクトとしてA300を作っていたことになる。今でこそエアバスは一つの会社だが、かつては国を背負う各国企業が互いに協調とけん制を繰り返していたに違いない。

3.エアバスのモジュール化は、効率性のためではない


機体のどの部分をどの国が担当するかを、どうやって決めたのか。それぞれの国で、互いに得意な分野が異なっており、それをお互いに認め合うことで、特化と分業がスムーズにできあがったのか。逆に、当初は得意な分野ではないが、新たにノウハウを蓄積したい分野があって、政策的にその分野への進出を希望したら、そのような分野を担当できたのだろうか。パートナーである各国は、海のものとも山のものともわからない、そのような新規参入を容認できるのか。

また分担を決め、実際に開発や製造に着手したあとは、それぞれの部分が当初の想定通りに出来上がり、それを組み合わせることで、スムーズに飛行機が完成できたということなのか。一部の国で開発や製造が進まないと、飛行機の完成が遅れるのではないか。出来上がったとして、各国ごとに担当部分の完成度が違っていたらどうなるのか。一部の分担先が予算を超過してしまったらどうか。責任のなすり合いは起こらないのか。

いろいろと話を聞いていると、利害が対立することが多く、大変だったらしい、ということまではわかった。しかし企業秘密もあるのだろうし、20年以上前の話でもあるのだろうが、いまいち具体的な話は聞けなかったし、詳しいことはわからなかった。

では、一つの企業体になった現在はどうか。

A380は、主要な部分を4つの国で作っている。胴体の前半部はフランスのナント、後ろ半分と垂直尾翼はドイツのハンブルグ、主翼はイギリス、水平尾翼はスペインのプエルトリアルで、作っているそうだ。それをフランスのトゥールーズに集めて組みたて、出来上がった機体をハンブルグに飛ばし、ここで航空会社の仕様にあわせて塗装し、引き渡すという。ハンブルグ工場では、ちょうどANA仕様に塗装されたA380が1機、屋外に駐機され、別の1機が工場内で塗装中だった。

(出典:ana.co.jp)

いくらヨーロッパは隣りあわせといっても、巨大な胴体や翼をあちこちに移動するのは大変に違いない。ハンブルグ工場は、直接、大きな船が接岸できるが、ツールーズは内陸にある。輸送のための専用船や輸送機を持っているだけでなく、いくつかの場所で特別な道路整備も行われたそうだ。余計な物流のために、時間も費用もかなりかかっている。

(出典:Airbus-on-board


A380だから特別だというわけではない。ベストセラーのA330も、その前のA300も、似たように各国で分担して作ってきたという。ライバルのボーイングは、シアトル郊外の工場でおもな部位を作り、同じ場所で組み立てている。東レを含む素材や部品メーカーも、近くに進出している。ヨーロッパ各国では、分散して製造することで特化と分業が実現でき、余計な物流のコストを上回るメリットが享受できるというのか。それとも無駄だと知りつつ、同社の特殊な事情で、このようなことを続けているのだろうか。

(出典:ウイキコモンズ 
~同社で見せてもらったパワポとほぼ同じものがありました)

4.工場の立地は、経済合理性だけでは決まらない


ちなみにA320については、ここまで、各国で持ちまわる製造は行っていなかった。基本はアメリカと中国以外の顧客について、ツールーズとハンブルグでほぼ半々で製造を分担し、全世界へ輸出している。たくさん売れている飛行機なので、2拠点工場は合理的なのだ。

アメリカと中国の顧客については、主要な部位をツールーズから船で輸出し、アメリカ用はアラバマ工場、中国用は天津工場で、最終組み立てを行っているという。飛行機という商品は、出来上がったあと、それを実際に飛ばして顧客のもとに届けるほうが、顧客の近くに工場を建て、かさばる部品をそこまで運び、現地で従業員をやとい教育して作るよりも、はるかに容易なはずにもかかわらず、である。どちらも、政治的な理由を反映した決定だったという。

5.ドイツもフランスも調整型市場(CME)だからといって、統合が容易なわけではない

統合後も、フランスとドイツの二拠点で平行して事業を進め、両国政府が同じように影響を及ぼしているというが、エアバス社の企業文化は、フランスがベースか、ドイツがベースか?

かなり失礼な質問とは思いつつも、訊いてみた。本当に聞きたかったのは、ドイツ型の調整能力をエアバス全体でフルに発揮できれば、製造能力は高まり、品質も効率もあがり、競争力も向上できるのではないか、そう思っているドイツ人のエンジニアやマネジャーは多いのではないか、そう考えるボード・メンバーもいるのではないか、である。もちろん聞けたわけではないが。たとえばルノーと日産がアライアンスを続けるのであれば、製造ノウハウや組織マネジメントに関するルノーのやり方を日産に持ってくるよりも、日産のやり方をルノーに移転できれば、より合理的ではないか。それと似たようなことがエアバスの中でも議論されたりしているのだろうか。

ある程度、想像はしていたが、対応してくださったドイツ人社員からは、「ヨーロッパに本社のある、グローバルな企業」でありそのような組織文化を持つと、ドイツなまりのない完璧な英語で返事をもらった。また、ハンブルグ工場では、生産ラインの現場の一線はドイツ語で仕事をしているが、工場の管理職とホワイトカラーの多くは英語で仕事をしている、エアバス社の英語化はかなり早い段階から進んできている、仕事の進め方や意思決定のあり方でも、国の違いはほとんど意識しない、と言われた。これが建前なのか、本当なのか、判断がつきかねるところはあるが、ヨーロッパの一体化を象徴する企業組織である(範たろうとしている)ことは間違いない。

フランスもドイツも、調整型の市場経済を持つ(Coordinated Market Economy)ことになっているが、それでも互いに多くの文化や規範を含む制度上の違いを持っている。それにもかかわらず、それを包摂して1つの組織を作り事業を展開していることに敬服する。そして調整型の市場における、ステイクホルダー調整ガバナンスと、アメリカ型の株主ガバナンスとで、経営のやり方がずいぶんと違うことを、改めて思い知らされる。この二つのガバナンスのもとでは、異文化マネジメントのやり方も変わってくることに気が付く。その中で、フランスとドイツという英語の苦手な欧州の大国が、英語を共通語として経営を統合していく様子や、そのために必要な教育を中等・高等教育に求め、それを手に入れてきている点も驚嘆する。

このようなエアバスの成功体験を持ったフランス人にとって、ルノーと日産や三菱自動車とのアライアンスは、どう見えるのだろうか。日本人が考えるものと、かなり違うのかも知れないとも思うようになる。まだたくさんのことを消化しきれていないので、もう少し時間をかけて、聞いてきたことを整理して行きたいと思う。

2019年2月15日金曜日

デンマーク企業は「世界一フラット」だというが、それでなにかいいことがおこっているのか

スイスのシンクタンク《世界経済フォーラム》が、昨秋(2018年10月)、デンマークの企業は世界で最も上下関係の薄い「フラットな組織」だというレポートを出した。

同フォーラムが毎年行っている、世界経済の競争力ランキングで、集計用のデータを使った特集記事である。競争力ランキングのなかでフラットな組織を持つデンマークをわざわざ取り上げたということは、競争力と組織のフラットさとの間に、重要な関連があるということなのだろう。

同レポートによれば、「フラットな組織」を持つデンマーク企業では、社員がエンパワーされ、多様な考えを百出する。異なる考えが尊重される柔軟な組織のため、イノベーションが起こりやすい。だから競争力ランキングで、デンマークが上位に入っているということのようだ。

一見もっともらしいが、本当なのだろうか?いくつかの、異なる問題に分けて考える必要がありそうだ。


  • そもそも、フラットな組織とは何か?
  • 次にフラットな組織だと、社員がエンパワーされ、多様な意見が出やすくなるのか?
  • 多様な意見がでると、イノベーションが起こりやすく、イノベーションが起こると、競争力が高まるのか?
  • もしそうだとして、どのようにすれば、組織はフラットになるのか?


これから1つ1つ、考えてみたい。

2019年2月12日火曜日

デンマーク人は、午後4時に退社してなにをするのか?

デンマークでは、平日の午後4時すぎごろから、オフィスが閑散としてくる。

午後5時すぎにオフィスにいると、ものすごく遅くまで仕事をしている気分になる。残業はほとんどしない。飲み会はなく、飲みに誘っても、まず来ない。金曜日は、午後3時にもなったら帰途につき始める。就業開始は午前8時や8時半など、日本よりも早いことが多いといえ、長時間労働が当たり前の日本と比べると、オフィスで仕事をしている時間は、明らかに少ない。

それで一人当たりのGDPが日本よりも高いことの理由の一つに、時間当たりの生産性が高いことは、別のところで触れた。今日は、そんなに早く仕事を切り上げて、そのあとに何をしているのかについて、気が付いたことを書く。

若い世代は、子育てに時間を使っている。パートナーは男女対等に、役割を分担しているようだ。朝は、自転車の前に乳母車をくっつけた「クリスチャニア・バイク」に子供を2~3人乗せて、保育園や幼稚園に連れて行く。ラッシュアワーの街角で、クリスチャニア・バイクをこぐ男女比率を数えてみたが、ほんのちょっぴり女性が多いもののほぼ五分五分だ。保育園に子供を預けたら、そのまま自転車で出勤する。帰りも同様である。


(http://livingcph.dk/where-to-borrow-a-christiania-bike-for-free/)

デンマークの合計特殊出生率は90年代からの20数年間、平均して1.7で、日本の1.4を大きく上回る。先進国のなかでも際立って高い。成人女性のほとんどが仕事を持つ共稼ぎだ世帯だが、保育園や学童保育の充実を含む高福祉政策とともに、短い労働時間も、高い出生率に寄与していることは間違いない。

しかし労働時間が短いのは、子育てに忙しい若い世代だけではない。中堅以上の世代の社員も、午後4時には帰り始める。子育ての終わったデンマーク人は、午後4時に退社してなにをするのだろう。

皆、さっさと家に帰って、家族そろって食事を共にする。そのための準備を、共にする。コミュニティ活動も活発である。サッカーやソフトボール、カヤック、水泳などスポーツ系のクラブ、読書会や詩の朗読会、料理など文化・芸術系のクラブが代表的なようだ。自分たちが楽しむものばかりでなく、子供や恵まれない人たちを支援するボランティア活動も多い。デンマーク人のおとなの7割近くが、このような何らかの会員組織に所属しているという。夕食の後にこのような活動に参加することもあるし、週末も充てられる。

また、外壁の塗り替えやちょっとした修繕をはじめとした、家のリノベーションの大工仕事など、日本人だったらやらないようなことまで、自分たちでDo It Yourself (DIY)をやっている。日本では、たまに一部の男性が趣味でやっているようだが、こちらでは多くの場合、夫婦やパートナー、親子などが分担してやる。人件費が高いということも、その背景にあるようだが、住み心地の良い住居にこだわり、インテリアに凝る北欧の文化も影響しているのかもしれない。

こちらに来て、ときどき家に食事に招いてもらうことがある。たいていは1か月以上先、場合によっては2か月も先のスケジュールを聞かれて、最初のうちは不思議に思っていた。しかし、デンマーク人の毎日のスケジュールが、結構、詰まっていることを知るようになり、なるほど、そういうことかと分かり始めた。みな、毎日、忙しい。午後4時にオフィスを退社しないと、やることがいっぱいあるのである。

そしてこのような生活をしていると、仕事とは、人生のなかの、重要であるがあくまでも一つにすぎないことが、よくわかる。起きている時間のほとんどが仕事のためにあり、仕事で壁にぶつかると、人生の壁にぶつかったような気分になる人間とは、かなりちがう人生観や世界観をもっているらしいのである。この国の人たちの幸福度が高いという話とも、つながっているに違いない。

2019年2月7日木曜日

でもどり

また長期滞在許可を得て、2018年10月からコペンハーゲン・ビジネススクール(CBS:Copenhagen Business School)に来ている。19年の7月まで滞在する。2011年秋から12年夏までの滞在から数えて、6年ぶりである。

2012年から18年までの間も、毎年、集中授業に呼んでもらっていた。学会や講演会でも押しかけたりしていた。だが、長く住み始めると、短期滞在では見えないことが見えるような気がする。やっぱりそうだったと再確認できることも、勘違いや思い込みだったと気が付くこともある。日記もBLOGも長続きしない悪筆なのでうまくいく自信がないが、出戻りを機にまた少し、気がついたことを書いておきたいと思う。