2020年5月14日木曜日

企業の目線で国の違いと向き合うとは(2)

1つ前の記事で、「企業経営の観点で自国と外国の違いをきちんと把握する」ときに最初に思いつくのが、海外にも自社の商品を買ってくれるお客さんがいそうかどうか、いわゆる海外市場(マーケット)の大きさをめぐるものだと説明した。しかし企業は、海外の顧客に自社商品を買ってもらうためだけに外国へ進出するわけでもない。

海外で社員を雇い、工場を建て、現地で商品を作ることも、外国進出の重要な理由の1つだ。それだけでなく、海外の企業に自社商品を作ってもらうことや、海外の企業から、必要な原材料を調達することも、国際経営に含まれる。従って、外国に顧客がたくさん存在しそうかどうか、買ってくれそうかどうかを見るために、市場の大きさに関したデータを調べるだけでは、不十分なのだ。

では企業は、どのように「外国」を理解すればよいのか。企業の目線で、さまざまな国を理解するためのもっとも首尾一貫した方法は、国の「制度」を分析することである。

制度

突然、「制度」という言葉が国際経営に出てきて、びっくりするかもしれない。しかし、企業が「外国」を理解するうえで、もっとも便利な分析枠組みは「制度分析」であろう。この概念は、政治学や社会学などにルーツを持つが、国際経営に即した形で使われるようになったことには、ダグラス・ノース(Douglas North)や青木昌彦の貢献が大きい。

ノースの考察からは、国を理解するうえで、①フォーマルなルール、②インフォーマルなルール、③ルールを守らせる執行メカニズム、の3つからなる「制度」を分析することで多くが明らかにできることが示された。

制度と国の経済パフォーマンス

では、国の制度が異なると、結果として、国のなにがどう変わるのか?それは国際経営の観点で重要なことなのか?

ノースの考察は、ロナルド・コース(Ronald Coase)の取引費用理論(特に「コースの定理」)の上に展開された。現実の市場は、経済学者が想定するような、多数の売り手と買い手が自由に価値を交換するなかで「均衡」する状況とは程遠い。売ったり買ったりするのには、たいへんな「手間」がかかる。この手間を「取引費用」と呼ぶ。ノースは、そのような市場の「取引費用」は、国の制度によって、高かったり低かったりすること、取引費用を低くする制度を持っている国は、経済パフォーマンスが良いことを示した。

国の経済規模を示すGNP、一人当たりの生産力や賃金水準、購買力を示す、1人当たりGNP、そしてこれから将来へ向けての成長性を占うGNP成長率、などが国際経営を行ううえで重要な経済指標であることは、すでに述べた。

では、これらの経済指標は、なぜ国によって違うのか?今後、どう変わっていくと考えられるのか?

これらも、国際経営を行う上で重要な問題である。そこで、このような経済指標のもたらされる背景要員として、制度を分析することが必要となる。経済パフォーマンスは、市場をめぐる制度の良しあしによって、大きく影響されているからである。国の制度が異なると、結果として、国の経済パフォーマンスが異なる。それは国際経営の観点で重要なことなのである。

2020年5月1日金曜日

企業の目線で国の違いと向き合うとは(1)

企業が国際化する、つまり会社が事業を海外で行おうとするときに、これから向かおうとする国のことを、どれだけきちんと理解すべきか。

たとえば我々が海外旅行をしようとするときは、どうだろう。ガイドブックを読んだり、ネットで調べたりする人もいれば、事前に何も調べず、行き当たりばったりで旅行する気ままなバックパッカーもいるかもしれない。

行き当たりばったりで海外進出しても、いいんじゃない?

遊びで「会社ごっこ」をやっているのだったら、行き当たりばったりもありだし、結果オーライでいいかもしれない。しかし普通、企業は株主から出資してもらい、銀行から融資を受け、それらのお金を使って人を雇い、オフィスを借り、必要なものを調達して仕事(生産活動)をする。そしてそれらにかかった費用を上回る売上げを出して、初めて、会社を続けることができる。

だから、企業の経営者は「外国に進出しても大丈夫、事業がますます成長する」という確信を持てないといけないし、それをステイクホルダー(株主、銀行、社員、取引先など)に対して伝え、協力を仰ぐという「説明責任」を果たさなくてはならない。その第一歩が、国の違いを企業の目線で把握することなのだ。

国の違いを理解する第一歩

企業経営の観点で、自国と外国の違いをきちんと把握する、と言ってすぐに思いつくのが、海外にも自社の商品を買ってくれるお客さんがいそうかどうか、いわゆる海外市場(マーケット)の大きさをめぐるものである。

1人当たりのGNP(国民総生産)

1人当たりのGNP(国民総生産)を調べることで、その国の平均収入が分かる。そこから、およその購買力がわかる。これらの数値が小さい国とは、あまり豊かではない国ということになる。例えば日本では、マクドナルドのハンバーガーは安くて美味しい、ちょっと小腹がすいたときに便利なカジュアルな食事とされている。しかし1人当たりのGNPやGNIが少ない発展途上国では、ちょっと特別な時にしか食べることのできない高根の花となる。

1人当たりのGNP(国民総生産)は、賃金相場を調べるときにも参考にされる。これらの数値が小さい国は、お客としては購買力がないかもしれないが、社員として雇うときには、安い給与で雇用できる可能性がある。今から20年ほど前、多くの日本企業が中国に進出したときの理由は、中国のお客さんに日本の商品を買ってもらうためというよりも、中国の労働者を低賃金で雇い、安く商品を作って日本や海外に輸出するためだった。

人口・GNP

人口を調べることで、どのくらいのお客さんがその国に存在しそうかどうかがわかる。人口が多ければ、お客さんも多い可能性がある。だから1人当たりのGNP(国民総生産)に人口を掛けたGNP(国民総生産)が、マーケットのおよその大きさということになる。

GNP成長率

GNP成長率というデータも従業だ。これを使うと、来年は今年よりも商売が伸びそうか、何%ぐらい増えそうか、その国に将来性はありそうか、ということを予想することができる。たとえば2018年から2019年にかけて、日本は0.7%成長した。実質的には変化なしという水準である。他方でインドネシアは5%、中国は6%、ベトナムは7%、成長している。(IMF統計)多くの企業が頭打ちの日本市場にとどまるよりも、将来性のあるアジア各国に進出したくなるのもわかる。

国土・資源・平均年齢・所得格差など

これ以外にも、国土の広さや資源、平均年齢や所得格差なども、重要なチェックポイントだ。国土が広いと、あちこちに支店を作らないとお客さんをカバーできないかもしれない。天然資源が豊富で安ければ、現地での生産に有利かもしれない。平均年齢が若ければ、人口もまだまだ増えるだろうから、お客さんの観点でも、労働者の雇用の観点でも、将来性が見込めるかもしれない。所得格差の大きい国だと、いくら1人当たりのGNPが高くても、現実にはひとにぎりの大金持ちと、大勢の貧しい庶民からなる国なので、実際には多くの国民の購買力はそれほど大きくないことになる。安い賃金で雇用できるということもあるだろう。

これらの指標をちょっと確認するだけで、その国についてかなりのことがわかる。「企業の目線」で国の違いを理解する第一歩である。

2020年4月16日木曜日

国際経営は、なにをどんな順番で学べばいいか?

これは、国際経営の教科書の目次はどうなっているか、という質問でもある。その答えは、日本とアメリカを中心とした海外で、かなり違う。

日本で出版された国際経営の教科書の中身は多様だ。著者によって、構成がかなり異なる。海外の主要な理論の紹介を中心としたものもあれば、国際戦略やマーケティング、海外生産と技術移転、組織のデザインや人事マネジメントなど、国際経営の実践的なトピックを中心にまとめられているものもある。

それに対してアメリカの国際経営の教科書は、どれも似た「定番」の構成を持っている。大きく前半で、経営環境が自国と海外とでどう違うかについて焦点をあてる。そして後半で、実践的な経営上の課題にフォーカスする。国の違いについて体系的に理解したうえで、それが企業の経営にどう影響するか、そのような影響に対してどう対処すべきか、を考えさせようとしているのだろう。

それもあって、日本の教科書に比べて、いずれも分厚い。前半は通常の経営学の専門分野とは大きく異なる、政治学や経済学、社会学や文化人類学などの分野にまたがり、それらの知識を踏まえて、企業にとっての国の違いの意味を考察することになる。

とはいえ、前半と後半がうまくつながった教科書は、まだ見たことがない気がする。前半で示された、企業にとっての国の違いが、後半で展開される実践的な企業経営の困難にどのように結びついているのか、という繋がりの部分を総合的に把握し、全体像を明確に示した教科書は、まだないのでなないか。

世界で最も売れているとされるCharles Hillの教科書は、そこのところをリカードの貿易論とダニングのOLIモデルでさらっと触れているだけだし、最近注目されているMike Pengの教科書は、彼自身が提唱する三脚(Tripod)モデルに偏りすぎているように思われる。逆に言えば、国の違いが企業経営にどのように結びつくか、というところが、国際経営の最も重要な、かつ、最も難しい、現在も明確な答えを求めて研究が進行中のテーマなのだ。

国際経営の前提はなにか?

分析の対象となる企業は、通常は、自国で持続的に事業を行っている企業である。生まれつきグローバル企業(Born Global Firms)のような企業については、今のところ例外的なケースとして分けて考察している。したがって、自国で経営をまともに行い、利益を出し続けることのできている企業が、海外でも持続的に事業を行うことができるか、できているか、について考察することになる。

国際経営を学ぶ側も、企業が自国で持続的に事業を行うことができる理由を理解できている必要がある。つまり、経営学一般への理解である。その中でもとくに重要なのが、競争戦略論だ。国内でライバルとの競争に勝てていない企業が、海外に進出して急に成功できるという例は全くないわけではないが、少ない。そもそも、そのような企業は、海外進出に必要な資金も人材もノウハウも、なかなか揃わない。


国際経営とはなにか

国際経営とは、企業が複数の国で経営を行うことを指す。自分の国で商品を作り、自分の国でそれを売っていた企業が、ある時から海外でも販売するようなケースを思い浮かべるかもしれない。トヨタやソニーを始め、日本の製造業の多くの国際経営がここから始まった。販売の国際化である。

それ以外の国際経営もある。自分の国で原材料を調達し、それを使って商品を作り、自分の国でそれを売っていた企業が、原材料を海外から調達し始めるのも、国際経営である。海外に工場を建てて現地で製造したり、海外の別の企業に製造を委託したたりして、引き続き自国で販売するケースも、国際経営である。調達や製造の国際化だ。いまのようにグローバル企業になる前のユニクロが、その代表例だろう。中国の協力会社に製造委託し、価格を抑えた商品を日本に輸入して国内で販売していた。

もちろん、製造拠点を内外に持ち、販売も世界中で行うという、調達・製造も販売も国際化した本格的な多国籍企業もある。現在のトヨタやソニーを始め、日本を代表するグローバルな大企業の多くがそれにあたる。

変わり種の国際経営は、本社だけが自国にあって、それ以外は世界中で活動している企業、あるいは便宜的に本社がある国に存在しているだけで、企業の活動は初めからグローバルという企業もある。「生まれつきグローバル」企業(Born Global Firms)である。パソコンのマウスやキーボードなどの周辺機器メーカーとして世界的なロジテック(Logitech)という会社は、その代表例だろう。今から40年も前に、アメリカ人エンジニアがスイスに本社を設立し、アメリカに研究開発拠点を、アイルランドや台湾に工場を建てて、最初からグローバルに活動していた。

なぜ学ぶのか?

その最も大きな理由は、国際経営は簡単ではないからである。ハーバード大学ビジネススクールは、企業のケース・スタディで知られ、数多くのケースを出版している。その中でも有名なのが、ウォルトディズニー社の国際経営である。

同社は、かつてアメリカだけにテーマパーク事業を展開していたが、1983年に初めてアメリカ以外の国でテーマパーク事業を始めた。東京ディズニーランドである。その後、パリ(1992)、香港(2005)、上海(2016)でもディズニーランドを開設した。現在、米国内2か所と海外4か所で、事業を展開している。いずれも、基本的には映画やゲーム、キャラクタービジネスとシンクロするという、まったく同じビジネスモデルの上に、ほぼ同じ内容のパークを世界各地に作り、運営している。

(ディズニー氏によるディズニーランドのオープニング、1955年
出典:https://en.wikipedia.org/wiki/File:Waltopening.jpg)

東京ディズニーランドの大成功を知っている日本人であれば、同社のテーマパーク事業はどこでやっても成功間違いなしの、「鉄板」ビジネスと考えるのではないだろうか。しかし東京の大成功ののち、満を持して開設されたパリのユーロディズニーランドはオープン当初から苦戦する。ハーバードのケースになるほどの困難な事例だったのだ。ディズニー社のテーマパーク事業のような、外から見ると成功の約束されているようなビジネスでも、そうは問屋がおろさない。国際経営は難しいのである。

どこらへんが難しいのか。なぜ難しいのか。どのようにすれば、そのような困難を克服し、海外で事業を成功させられるのか。そして、これらの問題は、どういう理論を使って考えればいいのか。これが国際経営で学ぶ中心的な内容である。