(中央葡萄酒HP)
中央葡萄酒を訪問した理由は、教員の個人的な好みだろうと言われるのだろうが、わがゼミらしいテーマで勉強ができたと思っている。
トヨタ自動車と中央葡萄酒の似ているところはなにか
このテーマを考えてもらいたくて、中央葡萄酒に行った。質問が、結構、意表をついているでしょう。中央葡萄酒のことは知らなかったのだが、2015年の秋に、東洋経済の記事「女性醸造家の渾身のワインに世界が驚嘆した」を読んで興味を持った。ゼミ生にも、参考資料として読んでもらった。ほんとうに世界が驚嘆し始めている記事も読んだ。日本の自動車産業は、世界的によく知られているが、ワイン産業は、ほぼ無名だ。なぜなのか。ワインが日本古来のものじゃないからというのなら、自動車だって似たようなものである。自動車はドイツで発明され、アメリカで広がった。ワイン発祥の地はグルジア(ジョージア)らしい。しかし日本の自動車産業は世界的に高い競争力を持つようになり、一方で、ワイン産業はグローバルな競争力がない。
この記事によると、近年、一部で既成概念を打ち破るような、値段もそこそこで高品質のワイン作りに成功し、海外の市場でも評価され始めているという。競争力が上がってきているというのだ。どうしてそんなことができたのか、と思って記事を読み始めて、すぐにトヨタ自動車のグローバルな競争力のつけ方と似たところがあると思った。
第一に、優れた商品の構想力。トヨタが国際競争力をつけるのは、70年代のオイルショック後に、小型車を、価格が安く燃費もよい2台目のクルマとして、アメリカ市場でポジショニングしたころからだ。中央葡萄酒も、世界中で売れ筋のシャルドネとかソーベニヨン・ブランとかいった、既存の競争の激しいマーケットに後発として入っていくのではなく、世界でも山梨にしかない固有のブドウの品種で、それまでにない辛口の白ワインを作った。いわゆる差別化されたワインの誕生である。
次に、それを作り出すための高い技術力。そのための汗と涙と科学的、合理的なアプローチの話が、記事に詰まっていた。
優れた商品に必要な材料やパーツは誰が作ってくれるのか
そしてブドウ栽培の内部化。ぶどう農家は、高く売れる巨峰を中心に栽培していて、山梨固有のブドウ「甲州」種の生産はじり貧だった。しかも、甲州種はそのままでは、いいワインができない。甲州種を優れたワイン用に改良するのは、リスクが大きいわりには、リターンの少ない賭けと思われたに違いない。結局、まずは自社で栽培し、品種改良を行い、何度も失敗しながら糖度をたかめ、やっと高品質のブドウが栽培できるようになる。そして、これから安定的な量産のため、自社の畑を広げられるのか(しかし勝沼に、いいブドウが採れる土地は余ってはいない)、あるいは、どう農家に協力してもらって収穫量を増やせるか、という悩める段階に来ている。
トヨタはそのような状況を抜け出すべく、競争力に直結する中核部品を作るために技術を蓄積し、自らで品質の高い部品を内製できるようになる。また、信頼できる系列部品メーカーを育て、共同で開発したり、任せたりもする。そのような努力のなかで、独特のサプライチェーンを作り上げてきたのだ。
そういうことを、ゼミ生たちが話を聞く中から見つけ出してくれないかと、同社訪問を思い立った。そしたらなんと、社長自らが対応してくださることになった。記事に出てくる「女性醸造家」の御父上である。
三澤茂計社長のお話で興味深かったのは、中央葡萄酒は、創業95年の古い歴史を持つ、勝沼でも老舗のワイナリーだが、世界の中では無名なこと、ご自身は、東京工業大学を出て三菱商事に入り、エンジニアのバックグラウンドを持った商社マンとして世界で活躍するはずが、途中で4代目として家業を手伝うことになったこと、そこで、世界で評価される優れたワインを作り、それを世界で売っていくことを戦略的に考えてこられたこと、である。
良いものを作れば、黙っていても売れるのか
お嬢さん(三澤彩奈氏)は、大学を卒業後、ボルドー大学でフランス伝統の醸造技術を勉強する。そのあと、カリフォルニア大学で、近代的な醸造技術も学ぶ。そして各地のブドウ畑やワイナリーで経験を積み、着々と技術力をつける。それをもってブドウの品種改良に取り組み、すこしづつ品質の高いワインを作れるようになる。この辺りは、記事に良く描かれている。このような、作りて側の努力と呼応して、御父上(三澤茂計社長)がロンドンの批評家に的を絞って売る努力を展開していった、という記事には書かれていない話を、当日直接、三澤茂計社長から伺った。さすが元商社マン。単にいい商品を作れば、世界は評価してくれるなんて甘い話ではないこと、商品が市場に受け入れられるには、戦略的なマーケティングが重要なことを、よくご存じだと改めて思い知る。
イギリスは、自国に大きなワイン醸造業のない唯一のワイン消費大国である。フランスやイタリアやドイツのような、自国のワインへのひいき目も、産業を守る必要性もない。フェアな評価をしてくれる可能性が大きく、しかも、英語で発信されるので、世界の市場に影響力もある。だから限られた資源を集中的にロンドンに投下し、だれも知らない山梨のワインをイギリス人の批評家に評価してもらう努力を続けた、という話である。
その延長に、ロンドンのコンクールでの受賞があったのだ。やはり作る努力だけではなく、売る努力も必要で、どちらが欠けても成功はおぼつかない。ゼミ生には、日本の製造業の国際競争力の真の源泉は、作る側の、製造をめぐる能力構築の努力の中にある、という、一世を風靡した有名な本も読んでもらった。しかし、そういう意見が日本でまかり通ること自体、日本人のどこかに、プロダクトアウトへのバイアスがあるのかもしれない。
当日のお話には、最後にもう1つ、びっくりするオチがついていた。うちの娘は卒業生です、と仰ったのだ。日本のワイン産業の未来を拓く「女性醸造家」が、立教大学のOGだったという話を聞いて驚き、なぜだか誇らしく、親近感がわく。世界は狭く、合宿の夜にゼミ生たちと飲んだワインは美味かった。
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