2019年2月23日土曜日

エアバス

ハンブルグのエアバス社を訪問してきた。

エルベ川を埋め立てて造った巨大な工場で、ツールーズの本社に次ぐ拠点だそうだ。1週間少し前に、A380の製造を中止することが発表されたばかりのタイミングだった。忘れないうちに、ノートを書きおこしておくことにします。

エアバスは、ボーイングと世界市場を二分する巨大な航空機メーカーである。ANAやLCC各社がA320という双発機を飛ばしているので、日本人にもなじみが深い。海外旅行をするとエアバス製の大型機だったりする。世界最大の旅客機は、かつてはアメリカ・ボーイング社の「ジャンボ」だったが、現在はエアバス製のA380だ。売り上げは約8.2兆円で、7割が民間機、2割が軍需・宇宙、1割がヘリコプターだそうだ。ヘリコプター事業では、世界最大のメーカーだという。

1.もともとエアバスは、会社ではなかった


エアバスは、1960年代にアメリカでダグラス社がDC10、ロッキード社がL1011トライスターという大型旅客機を相次いで開発した時期に生まれた「プロジェクト」である。イギリス、フランス、ドイツの航空機メーカーが、それまでのように、各社個別にダグラスやロッキードに対抗した飛行機を作っても、競争に勝てなさそうだということで、EEC(EUの前身)からの産業政策の支援を受け、補助金をもらい、共同で「バスのように手軽に乗れる300人乗りの飛行機」(だからエアバスで、A300という名前になったと聞いて絶句した)を作るプロジェクトを立ち上げたことにルーツを持つ。

つまりボーイングやトヨタのような1つのメーカーが開発設計と組み立てに責任を持ち、そのもとで部品やパーツを各社に発注する、という通常の企業のモノづくりではない。3社が共同で開発設計を行った後、機体を3つの部分に分割し、それぞれを各社が分担し、最後はフランスとドイツで組み立てていた。

その後も2000年までは、エアバスは法人組織ですらなく、イギリスが抜けた後、フランスのアエロスパシアルと、ドイツのダイムラー、スペインのCASAという、3国の独立した企業の共同事業の呼び名であり、商品名だった。2000年になって3社を1つの企業に統合し、オランダで登記し、フランスとドイツで上場する民間企業となった。今でもフランスとドイツの政府がそれぞれ11%、スペイン政府が4%、株式を保有している。

やはり航空機産業というのは、普通の民間企業ではありえないのかと思う。わが三菱重工のことを、ちらっと思い出したりもする。そのうえで、複雑な政策介入やガバナンスの問題を横に置いても、製造業のマネジメントという観点で、なお複雑な組織で、よくまわっていると驚嘆してしまう。

2.技術集約的で資産特殊な製造業でも、摺り合わせは必須ではないかもしれない


航空機の製造は、究極の摺り合わせが必要なのではないか?それを、全体を采配する支配的な企業が存在せず、各国にまたがる複数の企業が、対等に協力して行えるのか?

これは製品アーキテクチャと生産管理の問題であり、調達とバリューチェーンのマネジメントの問題でもあり、企業と市場の境界と、アライアンスやジョイントベンチャーの問題でもある。A380の部品点数は4百万点、内製率は教えてくれなかったが、30か国以上の1,500社から調達しているという。日本の製造業を代表するトヨタの自動車の部品点数が3万点、内製率が4割を切っていて、ティア2(2次下請け)までの調達先が約340社(協豊会と栄豊回の会員総数)と比べても、いかに巨大で複雑な、資産特殊性の極みのプロジェクトかがわかる。

かつて三菱重工のMRJプロジェクトを調べたとき、経済産業省からも三菱重工からも、航空機産業は自動車産業以上にすり合わせが必要なので、我々は競争優位をもてるはずだという自信が漂っていたように覚えている。しかしそれより30数年以上も前に、エアバスは、英独仏で、かなりモジュラー化された共同プロジェクトとしてA300を作っていたことになる。今でこそエアバスは一つの会社だが、かつては国を背負う各国企業が互いに協調とけん制を繰り返していたに違いない。

3.エアバスのモジュール化は、効率性のためではない


機体のどの部分をどの国が担当するかを、どうやって決めたのか。それぞれの国で、互いに得意な分野が異なっており、それをお互いに認め合うことで、特化と分業がスムーズにできあがったのか。逆に、当初は得意な分野ではないが、新たにノウハウを蓄積したい分野があって、政策的にその分野への進出を希望したら、そのような分野を担当できたのだろうか。パートナーである各国は、海のものとも山のものともわからない、そのような新規参入を容認できるのか。

また分担を決め、実際に開発や製造に着手したあとは、それぞれの部分が当初の想定通りに出来上がり、それを組み合わせることで、スムーズに飛行機が完成できたということなのか。一部の国で開発や製造が進まないと、飛行機の完成が遅れるのではないか。出来上がったとして、各国ごとに担当部分の完成度が違っていたらどうなるのか。一部の分担先が予算を超過してしまったらどうか。責任のなすり合いは起こらないのか。

いろいろと話を聞いていると、利害が対立することが多く、大変だったらしい、ということまではわかった。しかし企業秘密もあるのだろうし、20年以上前の話でもあるのだろうが、いまいち具体的な話は聞けなかったし、詳しいことはわからなかった。

では、一つの企業体になった現在はどうか。

A380は、主要な部分を4つの国で作っている。胴体の前半部はフランスのナント、後ろ半分と垂直尾翼はドイツのハンブルグ、主翼はイギリス、水平尾翼はスペインのプエルトリアルで、作っているそうだ。それをフランスのトゥールーズに集めて組みたて、出来上がった機体をハンブルグに飛ばし、ここで航空会社の仕様にあわせて塗装し、引き渡すという。ハンブルグ工場では、ちょうどANA仕様に塗装されたA380が1機、屋外に駐機され、別の1機が工場内で塗装中だった。

(出典:ana.co.jp)

いくらヨーロッパは隣りあわせといっても、巨大な胴体や翼をあちこちに移動するのは大変に違いない。ハンブルグ工場は、直接、大きな船が接岸できるが、ツールーズは内陸にある。輸送のための専用船や輸送機を持っているだけでなく、いくつかの場所で特別な道路整備も行われたそうだ。余計な物流のために、時間も費用もかなりかかっている。

(出典:Airbus-on-board


A380だから特別だというわけではない。ベストセラーのA330も、その前のA300も、似たように各国で分担して作ってきたという。ライバルのボーイングは、シアトル郊外の工場でおもな部位を作り、同じ場所で組み立てている。東レを含む素材や部品メーカーも、近くに進出している。ヨーロッパ各国では、分散して製造することで特化と分業が実現でき、余計な物流のコストを上回るメリットが享受できるというのか。それとも無駄だと知りつつ、同社の特殊な事情で、このようなことを続けているのだろうか。

(出典:ウイキコモンズ 
~同社で見せてもらったパワポとほぼ同じものがありました)

4.工場の立地は、経済合理性だけでは決まらない


ちなみにA320については、ここまで、各国で持ちまわる製造は行っていなかった。基本はアメリカと中国以外の顧客について、ツールーズとハンブルグでほぼ半々で製造を分担し、全世界へ輸出している。たくさん売れている飛行機なので、2拠点工場は合理的なのだ。

アメリカと中国の顧客については、主要な部位をツールーズから船で輸出し、アメリカ用はアラバマ工場、中国用は天津工場で、最終組み立てを行っているという。飛行機という商品は、出来上がったあと、それを実際に飛ばして顧客のもとに届けるほうが、顧客の近くに工場を建て、かさばる部品をそこまで運び、現地で従業員をやとい教育して作るよりも、はるかに容易なはずにもかかわらず、である。どちらも、政治的な理由を反映した決定だったという。

5.ドイツもフランスも調整型市場(CME)だからといって、統合が容易なわけではない

統合後も、フランスとドイツの二拠点で平行して事業を進め、両国政府が同じように影響を及ぼしているというが、エアバス社の企業文化は、フランスがベースか、ドイツがベースか?

かなり失礼な質問とは思いつつも、訊いてみた。本当に聞きたかったのは、ドイツ型の調整能力をエアバス全体でフルに発揮できれば、製造能力は高まり、品質も効率もあがり、競争力も向上できるのではないか、そう思っているドイツ人のエンジニアやマネジャーは多いのではないか、そう考えるボード・メンバーもいるのではないか、である。もちろん聞けたわけではないが。たとえばルノーと日産がアライアンスを続けるのであれば、製造ノウハウや組織マネジメントに関するルノーのやり方を日産に持ってくるよりも、日産のやり方をルノーに移転できれば、より合理的ではないか。それと似たようなことがエアバスの中でも議論されたりしているのだろうか。

ある程度、想像はしていたが、対応してくださったドイツ人社員からは、「ヨーロッパに本社のある、グローバルな企業」でありそのような組織文化を持つと、ドイツなまりのない完璧な英語で返事をもらった。また、ハンブルグ工場では、生産ラインの現場の一線はドイツ語で仕事をしているが、工場の管理職とホワイトカラーの多くは英語で仕事をしている、エアバス社の英語化はかなり早い段階から進んできている、仕事の進め方や意思決定のあり方でも、国の違いはほとんど意識しない、と言われた。これが建前なのか、本当なのか、判断がつきかねるところはあるが、ヨーロッパの一体化を象徴する企業組織である(範たろうとしている)ことは間違いない。

フランスもドイツも、調整型の市場経済を持つ(Coordinated Market Economy)ことになっているが、それでも互いに多くの文化や規範を含む制度上の違いを持っている。それにもかかわらず、それを包摂して1つの組織を作り事業を展開していることに敬服する。そして調整型の市場における、ステイクホルダー調整ガバナンスと、アメリカ型の株主ガバナンスとで、経営のやり方がずいぶんと違うことを、改めて思い知らされる。この二つのガバナンスのもとでは、異文化マネジメントのやり方も変わってくることに気が付く。その中で、フランスとドイツという英語の苦手な欧州の大国が、英語を共通語として経営を統合していく様子や、そのために必要な教育を中等・高等教育に求め、それを手に入れてきている点も驚嘆する。

このようなエアバスの成功体験を持ったフランス人にとって、ルノーと日産や三菱自動車とのアライアンスは、どう見えるのだろうか。日本人が考えるものと、かなり違うのかも知れないとも思うようになる。まだたくさんのことを消化しきれていないので、もう少し時間をかけて、聞いてきたことを整理して行きたいと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿